春日井建百首選(大塚寅彦選)

『未青年』

大空の斬首ののちの静もりか没(お)ちし日輪がのこすむらさき

空の美貌を怖れて泣きし幼児期より泡立つ声のしたたるわたし

唖蝉が砂にしびれて死ぬ夕べ告げ得ぬ愛にくちびる渇く

太陽が欲しくて父を怒らせし日よりむなしきものばかり恋ふ

童貞のするどき指に房もげば葡萄のみどりしたたるばかり

粗布しろく君のねむりを包みゐむ向日葵が昼の熱吐く深夜

海鳴りのごとく愛すと書きしかばこころに描く怒濤は赤き

春潮の底にわが影かがやくと白き波頭をくぐりて泳ぐ

与へあふいのちなき夜のわれのため彫られてありしラオコーンの像

火祭りの輪を抜けきたる青年は霊を吐きしか死顔をもてり

星宿の下いきいきと訪ひゆくに与ふべきものはこころの何処(いづこ)

火の剣のごとき夕陽に跳躍の青年一瞬血ぬられて跳ぶ

ギリシャ詩の恋唄胸にただよはせ地下の石柱に背をもたせ待つ

瞑目しふいに瞠(みひ)らく若き眼に射すくめられきわれも女艶歌師(アルメ)

帰りゆくさむき部屋には抱くべき腕さへもたぬ胸像(トルソオ)が待つ

蒸しタオルにベッドの裸身ふきゆけばわれへの愛の棲む胸かたし

両の眼に針射して魚を放ちやるきみを受刑に送るかたみに

男囚のはげしき胸に抱かれて鳩はしたたる泥汗を吸ふ

昼の月匕首(ひしゅ)のごとくにひらめけば君の放浪癖も愛さむ

遥かなるわが祖は男巫(おとこみこ)ならむ瞋恚(いか)れば霏々として雪が降る

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